「道場」松下幸之助
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「道場」松下幸之助
自得していくには、そのための場所というか、道場とでもいうものが、必要である。
たとえば、水泳やスキーを自得しようと思えば、水泳ならば海や川やプールが、
スキーならばスキー場というものがなかったら、いくら自得せよといっても無理である。
仕事でも同じことで、これを自得しようと思えば、まず道場を求めなくてはならないのである。
ところが幸いなことにその道場はすでに与えられているのである。
すなわち、自分の職場、自分の会社がそれである。
つまり求めずして先に道場が与えられているのだから、こんなありがたいことはない。
あとはその道場ですすんで修業しよう、
仕事を自得していこうという気になるかどうかということである。
しかも、普通であれば道場に通うとなると、
こちらから月謝を払わなくてはならないはずである。
ところが会社という道場では、
逆に給料までくれるというのだから、こんな具合のよい話はないではないか。
場合によれば、自分はこの道場で修業をさせてもらっているのだから給料などとはとんでもない、
こちらから月謝を払います、というようなことがあってもいいぐらいである。
まあ実際にはそこまでする必要はないけれども、
気持ちの上だけでもそういうものをもてば、おのずから心がまえも違ってこようというものである。
月謝を払ってもいいところを、逆に給料までもらっているのだという認識に立てば、
仕事に取り組む上でも、しぜん謙虚に、しかも力強いものが生まれて、
やがては、いわば道場の師範代としての給料をもらうに値するようにもなろう、というものである。
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会社という道場で修行をさせてもらっていると思う
人生を修行の場だと思う
そう思うことで、仕事自体がただの味気ない業務から
自分を成長させるトレーニングと思える
それも、給与をもらいながらの修行だと
給与を払う側からすると、
お金を払いながらものを教えてやっている、と思えることも多い
楽してお金だけもらおうという考え方から
仕事を通じて己を磨く、という考え方へ変わることが大切
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