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ヤマトホールディングス株式会社 代表取締役社長 木川眞(きがわまこと)氏 

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トップインタビュー 「なぜあの会社はNO1なのか?」
ヤマトホールディングス株式会社 代表取締役社長 木川眞(きがわまこと)氏 
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*仕事内容について

坂上:今の立場は、ヤマトホールディングス(以下、YHD)の社長になられるんですよね?

木川:そうです。持ち株会社であるヤマトホールディングスの社長と宅急便の事業会社であるヤマト運輸の会長を兼務しています。その他の主要なグループ各社の取締役も兼務しています。

坂上: YHDの社長としてどのようなお仕事をされているのでしょうか?

木川:会社全体の事業戦略や、株主としての経営の関与です。上場しているのでIR活動も行なっています。財務上でいうとCFO(最高財務責任者は)はYHDで、最も事業規模が大きいヤマト運輸であっても直接市場から資金調節することはせず、YHDから資金調整しています。だから財務や法務、人事等の機能も集約しています。全般的にグループ各社の経営を管理しながら事業戦略を決定し、進めています。

坂上:厚木ゲートウェイや羽田クロノゲートといった新しいネットワークの構築は、数年前からイメージしていたのですか?

木川:構想自体はヤマト運輸の社長時代から始めています。しかし、YHDの取締役も兼務していましたから、グループ全体の長期戦略も視野に入れて取り組みました。現在は、YHD社長としてグループの全てを束ねる役割ですので、事業を生み出す際の基本的な考え方や、事業に取り組んでいく際の方向性等に関わっています。実際にお客様のニーズに応えながら、どんな商品を開発していくかというのは、それぞれの事業会社のスタッフ、あるいは現場から共有され、グループ各社毎に行なう経営戦略会議で検討、推進していきます。
例えば、ヤマト運輸の経営戦略会議は、週に1回、最低でも半日掛けて行います。色々な案件がありますが、やはりお客様のニーズに基づいていることが大事です。お客様のニーズがなくて、頭の中で作った押し売り的な商品が出てきたら全て却下されます。基本的にグループ各社で商品開発を行なっていますが、各社が持っている単機能だけを埋め込んだ商品・サービスは、あまり評価しません。

坂上:というのは?

木川:これからの当社の成長戦略で必要なのは、ヤマトグループ各社が持っている様々な機能を使いながら、グループ全体で1つのビジネスモデルを作り上げることです。このために事業構造を変革しました。昔は宅急便の事業会社であるヤマト運輸の下に、グループ各社―IT、フィナンシャル、引越等―が属しており、各社の保有機能を、各社がバラバラに単機能としてお客様へ提供していました。現在は、それらの機能を有機的に結びつけながら、お客様の、特に企業のお困りごとの改善につながる提案をするようにしています。個別の商品サービスのブラッシュアップは当然必要ですが、従来のように各社が単機能で提供すると、いずれは単なる価格競争に陥ります。そうなると、我々は適正な利益を将来に亘って享受出来ないかも知れない。我々が本当に目指す姿は、お客様の物流を改善するという提案をしながら、グループ全体が同じように伸びていくことです。だから、YHDが進めているのは、商品・サービス自体をブラッシュアップさせると同時に、グループ連携を前面に押し出して、お客様の困りごとを解決するソリューションを提供することです。だから単なる機能売りはやめようと言っているのです。

坂上:グループの経営戦略会議も、週1回、半日行うのですか?

木川:月に2、3回、テーマがあれば行います。

坂上:何人くらい集まるのですか?

木川:議論に参加するのは、YHD役員を兼務する代表事業フォーメーション会社社長の6人にYHDの会長、社長、執行役員です。定例メンバーだと10〜12人。それに提案者を加えて20人くらいです。

坂上:その方々はやはり現場から参加するのですか?現場が分からないと全体を見るのは難しいですよね。

木川:それぞれの事業の責任者が参加します。それぞれの事業分野のことを「事業フォーメーション」と呼んでいるのですが、例えば、デリバリー・フォーメーションというと、物を運ぶ機能を指し、この責任者はヤマト運輸の社長です。

坂上:ヤマト運輸の社長は、どういうキャリアをお持ちなのでしょうか?

木川:多種多様な現場の経験者です。但し、現場と言っても、今の育て方は、ヤマト運輸の中だけではなく、色々なグループ会社の社長も経験するようになっています。

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*キャリアについて

坂上:これまでの経歴について教えて下さい。

木川:昭和48年に銀行に入行しました。経験してきたことは、ほとんどが人事と市場部門です。最適な資金調達、特に日本円の資金調達を担当していました。

坂上:昭和48年に富士銀行(現みずほ銀行)さんに入られて、資金調達をされていた。

木川:最初は現場に入りましたが、その後は調査部に移り、当時の通産省(現経済産業省)に2年強出向していました。銀行へ戻ってからは調査部に短期間在籍した後、人事部に移り、さらに資金証券部で資金調達を担当していました。日銀と交渉したり、市場から資金を調達していました。

坂上:それはおいくつの時ですか?

木川:30代の前半です。その頃、日本の金融市場の自由化がありました。それまでは、短期金融市場といっても固定金利で、日銀が資金供給をしていましたが、それがフリーマーケットになったのです。

坂上:自由化されたのは何年でしょうか?

木川:昭和59年です。ちょうどその頃にその役割を担当していたということになります。まさに金利メカニズムが日本の金融市場で始まった時期にあたります。

坂上:誰も知らない世界ですね。

木川:そうなると、資金調達を最適化するということは、アセットとライアビリティのバランスを見なくてはいけませんでした。今では当たり前の銀行の理念としてある、ALM(アセット・ライアブル・マネジメント)の初期段階に担当していました。アセットを睨みながら、最適な調達のポートフォリオを決めるのです。銀行経営の根幹に関わるようなことで、広義のリスク管理です。日本銀行の政策や金利の先行きを読みながら、どういう期間でどこの市場から資金を調達すると最適化が出来るか、ということを行なっていました。

坂上:それは今の経営にも生きていますか?

木川:いえ、全然生きていません(笑)まったく無関係です。

坂上:無関係ですか。その後はどういうキャリアだったのでしょう?

木川:その後は短期間ですが営業部に在籍し、それから企画部に移りました。全銀協(全国銀行協会)という銀行界の組織がありますが、富士銀行の頭取が協会の会長になるというときに、スタッフとして担当していました。

坂上:では長く参謀役を担当していたということですね?

木川:一方で、いわゆる現場はほとんど経験していません。営業の現場は、入行した時の3年間と、営業部で2年半程度、大企業の営業を担当したのみです。長い間、経営管理や経営戦略と人事、それから市場部門におりました。

坂上:長く丸の内にいらっしゃったわけですね。

木川:大手町です。定期券は入行した時に自宅から新橋までを3年間と、あとは自宅から大手町まで以外の区間は持ったことがありませんでした。

坂上:その後、いくつまで銀行にいらっしゃったのでしょうか?

木川:55歳ぐらいまでです。

坂上:どのような役職をされてきたのでしょうか?

木川:富士銀行の最後は、3行統合の時の人事部長です。人事部長は富士銀行の歴史の中でも最長記録で、5年くらい在任しました。統合が決まって、そのままみずほコーポレート銀行の常務として、人事とリスク管理を担当しました。その後、2005年にヤマトグループへ入社しました。だから当社へ入った理由は、私のキャリアを買われたのではないと思います。

坂上:違うのですか?

木川:何にも関係ないですからね。この業界の知識があるわけでもないですし。

坂上:招へいされた理由は、業界知識ではないということですね?

木川:ある意味で大きな経営戦略を担当してきたことは事実ですが、金融界や銀行の経営戦略と、実業の会社の経営戦略はまた違います。ただ言えるのは、ヤマトグループが組織運営やガバナンスを大きく変えようとしていた時期だったのです。宅急便という素晴らしいビジネスモデルを大成功に導いたその後、これから5年後、10年後に、その宅急便ビジネスだけでヤマトグループは成長し続けることが可能かどうか、社内では疑問に思っていました。もうすでに宅急便を開始して30年以上が経過していましたから。

坂上:30年ですか。

木川:長く伸び続けてきてはいましたが、もう日本の成長力自体が収縮状態になってきていて、人口が減ってくるという時代が見えたのです。

坂上:もうそういう頃でしたね。

木川:そうすると内需だけで、且つ、宅急便事業だけの一本足では成長出来ません。だから、ノンデリバリー事業のウエイトを大きく伸ばしていこう、そして、さらに事業エリアも海外に広げていく。そのような事業戦略に基づき、当時ヤマトグループはガバナンス体制を事業持ち株会社から純粋持ち株会社にするという戦略を描いており、これを実現するために私が入社したのです。

坂上:それが何年ですか?

木川:2005年です。

坂上:2005年ですね。2014年現在における宅急便は何億個くらいですか?

木川:年間16億個ぐらいです。

坂上:ヤマトグループへ入られた2005年はいかがですか?

木川:約11億個です。

坂上:ある程度は伸びましたが、宅急便が飽和状態になりつつあったのですね。

木川:このまま10年後15年後に、同じ勢いで成長することは期待出来ませんでした。

坂上:そうですね。それで、先ほどおしゃっていた、グループ各社の経営を強化しようとしたということですね?その各社について説明してもらえますか?

木川:まず、ヤマトグループの基盤である宅急便事業を担当するデリバリー事業があります。そして、倉庫やフォワーディング業務、あるいは企業間物流といったロジスティクスを担当するBIZ−ロジ事業、ITを担うe−ビジネス事業、引越や物販を担うホームコンビニエンス事業、決済を担うフィナンシャル事業、自動車の修理やマテハン機器のメンテナンスを担当するトラックメンテナンス事業があります。

坂上:車両は今何台ぐらいですか?

木川:5万台ぐらいです。これは単体企業としては日本最大のトラック保有台数です。そしてこれらの車両を整備する車両工場の機能を事業として切り出し、外販、すなわち外部のトラックやバスも整備しています。このように、デリバリー事業以外の事業も着実に伸びてきています。それもヤマト運輸やグループ内のためだけではなく、外部の仕事の方が大きく育ってきています。

坂上:将棋で言えば、王将の横に角や飛車や銀の駒があったけれども、これまで十分に機能を発揮していなかった。これを全ての駒が十分に機能し、進んでいくというイメージですね。

木川:事業ポートフォリオを大きく変革し、これを推進するためにはどんなガバナンス体制が良いのかと考えると、事業持ち株会社であるよりは、純粋持ち株会社にして、それぞれの事業部を並列にした方が良いということです。

坂上:文鎮のイメージですね。上に1つあって、下に並列に並ぶと。

木川:宅急便を中心としたデリバリー事業のために投資が優先される状況から、ポートフォリオを変えていくために、意識的に、ノンデリバリー事業に投資し、人材も投入する、という考え方です。売上や利益でデリバリー事業の構成比がおおよそ8割以上、いわゆる一本足だった状況が、ようやく8割を切るようになってきました。それを近い将来、利益ベースで構成比を半々くらいにする戦略が遂行されています。このために純粋持ち株会社を立ち上げて、そして事業ポートフォリオ構造を変えるための色々な仕掛けを考えてきたのです。
それともう1つは、コスト構造の抜本的改革です。いくらノンデリバリー事業を伸ばすとはいっても、やはりヤマトグループを将来に亘って牽引するのはデリバリー事業です。デリバリー事業はネットワーク産業だから、ネットワーク構築のコストがものすごく掛かります。ターミナルや営業所をたくさん建てるという物流的な問題だけではなく、車両も必要だし、何よりも人も必要です。荷物が増えるのに合わせて人員体制も構築していった結果、現在はパート社員も含めて19万人を超える社員がいます。

坂上:19万人もいらっしゃるのですね。

木川:これまで通りの方法で体制の構築を続けていくと、宅急便の数量が増えるに従って、建物を増やし、車両を増やし、人を増やしていくことが不可欠です。そういう構造では、さらに荷物が増えた時に、固定費負担で大変厳しい会社になってきます。
今、ヤマト運輸は「ハブ・アンド・スポーク」という、全国にある70のハブの周りに4000の集配拠点を持つネットワーク構造により、小笠原まで含めて全部カバーしています。これだけの配送ネットワークを持っている企業はヤマトグループしかありません。

坂上:その資源をどう活用するか、というわけですね。では木川社長は、人事採用や企画、全体戦略を長く経験してこられた部分が買われて、ヤマトグループがある意味成熟に入っていたのをこれからどう伸ばしていくか、という課題に取り組んでこられたという認識であっていますか?

木川:私が入社した当時、取り組むべき課題は、ガバナンスをどのようにするか、その中でどういう成長戦略を描くかというのが一つ。もう一つは、抜本的なコスト構造改革です。ネットワークの作り方から抜本的に変えないと、このまま業務量に合わせて肥大化すると、利益の上がらない会社になってしまいますから。

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木川:商品やサービスを開発する際の基本は当然お客様ですが、お客様には「荷主」というお客様と、その荷物を注文した「コンシューマー」というお客様の2種類があります。

坂上:例えば私がアマゾンに頼んで本を買う。その両方のお客様ということですね?

木川:そうです。ここで、荷主の利便性を高めるのか、買う消費者のために利便性を高めるのかを考えた場合、通常の運送会社は全て荷主の利便性を高めることを選択します。

坂上:お金を払ってくれるからですか?

木川:その通り、お金を払ってくれるからです。運賃を払ってくれる人の利便性を高めたり、ニーズに応えるというのが最優先にあり、それに応じて配達しているのです。ヤマト運輸は、消費者、つまり必ずしも運賃を直接払うのではない人たちの利便性やニーズを徹底的にこだわっています。消費者の評価を上げることによって、荷主は我々を使いたくなる状況にしようとしました。他社に全くないこのスタンスは、今でも綿々として続いています。

坂上:セールスとマーケティングみたいに、本当に必要な人、頼む人を考えるということですね?

木川:我々のような、売る製品のようなモノがない純粋役務のサービス業では、サービスを一番評価して企業価値を高めてくれる人は最終ユーザーであり、その最終ユーザーが受取る時にサービスの評価が決まります。「宅急便はとても使いやすい」という最終ユーザーによる評価の蓄積が、そのまま企業価値になっています。
一方で、BtoB(企業間の物流)では、基本的にお届け時のご不在は前提にありません。我々はCtoC(消費者から消費者への物流)から始めたので、常に「不在」ということが起こりうることを前提に考えています。我々にとってお客様のご不在はコストにはなりますが、それ以上にお客様は受け取れないということが発生します。いつもご不在で、不在票が入ったので電話して配達に来てもらわないといけないとか、荷物を営業所まで取りに行かないといけないとか。そこから、「時間帯お届け」サービスや「宅急便受取指定」等の新たなサービスが生まれました。また、冷たいものは冷たいままで運んで欲しいという、荷主と消費者の双方のニーズに応えたいという考えから、クール宅急便が生まれました。ゴルフ宅急便、スキー宅急便は、スキーを担いで移動している人を見た現場の声に基づいて開発したサービスです。我々がそれを運んであげれば良いじゃないかと。常に最終ユーザーを基本としたニーズを徹底的に調べながら、そこから商品を開発しています。その中から他社にないオリジナルサービスを見つけ出しているのです。

坂上:やる人たちから見ると面倒くさそうに思えますが。

木川:それでお客様が喜んでくれるならば、ということです。

坂上:皆がそう思いながらも出来ないところを実際にやってらっしゃるところがすごいです。

木川:それも高い運賃だと、さすがに他の会社を使うようになってしまいます。

坂上:倍になってしまったりすると、さすがにそうですね。

木川:だからコストもそんなに上げられません。従って、荷物が増えるにつれてコストが上がる構造を変えないと、将来的に、我々のサービス開発も出来なくなりますし、使ってもらえなくなるので、今、大きな構造改革を進めています。

坂上:ゴルフやスキーのときに困るとか、北海道から冷凍のカニが欲しいとか、四国からみかんが欲しいとか。そういう、日本中の1億2千万人が1億2千万人に個別に送れるようにするために、今までなかった商品サービスを開発してこられましたが、このような商品の開発はどのように始めて、進めているのでしょうか?

木川:商品開発はすごく小さなニッチな市場まで絞り込んでから始めるのですが、それをいつまでもニッチな市場にしておいては、やはり事業にはなりません。そこで小倉さん(宅急便を始めたヤマト運輸の元社長)のすごいところは――ご本人がどう考えられたかは分かりませんが――市場を大きくするために、一社で独占するのではなく、あえて市場に他社を入れて競争を活性化させました。

坂上:このニッチ市場の規模というのは、大体何億円ぐらい、といった基準はありますか?

木川:特に基準はありません。商品を開発する時に、ニッチな部分まで絞り込むのであって、その市場規模で判断しているのではありません。
業界でオンリーワンの商品を作るには、まず可能な限り対象とする市場やお客様を絞り込んでいく。そうすれば、オンリーワンであるかどうかが分かります。且つ、我々が手に届く範囲内に絞っておけば、お客様の顔を見ながら、良いサービスや喜んでもらえるサービスかどうかも分かります。あるいは、どのくらいの投資をすれば実現可能かが分かります。だからそういうサービスを見つけて、大きな市場の1割ではなく、小さな市場でも圧倒的なシェアを取ろうとしています。そのために喜んでいただける商品、必要な商品は何かを考えます。全てのサービスが上手くいくわけではありませんが、上手くいけば、他社も当然同様のサービスを試みてきます。そこで大事なのは、他社との競争関係になってからも、我々は常にNo.1であるために、商品開発を隙間なく続けることです。他社が入ってくることによって、それが促進されるのです。

坂上:参入障壁を作るのではなく、ライバルの参入を促し、競争した上でNo.1であり続けると。

木川:No.1であり続けるために知恵をいくら出すかということでもあるし、知恵の出し方も、荷主だけではなく、荷物を受け取る消費者の目線を重視してサービスを作っています。

坂上:それは木川社長がヤマトグループに入った時には、既に出来上がっていたのでしょうか?

木川:はい。私が入社した時は宅配便会社としては断トツのNo.1でした。ただ、成長率がやや落ち込んでいました。今まで2桁の上昇を続けていた会社が、3〜4%しか伸びなくなっていました。市場が飽和状態になっていて、当社も次のイノベーションをやらないと衰退してしまう危険性がありました。

坂上:その当時も成長するために、1000億の市場で10%ではなく、200億の市場で50%のシェアを取るというように、サービスの開発は行っていたのですね?

木川:サービスの開発は行っていましたが、市場が飽和状態にあり、且つ、寡占化が進んでいました。当時は佐川さん、日本郵政さん、日通さんとヤマト運輸の4社しかいないという状態です。ある意味で宅急便事業が成熟して、飽和状態に近づいている状態で、もう成長率を維持出来ないかも知れないという環境でした。そこで次の成長戦略をどうするか、そのためのコスト構造改革をどうするか、という2つの課題があったのです。

坂上:伸びの部分と、減らすコストの2つですね。

木川:従って、私の役割は明確でした。その後、ヤマト運輸の社長を経てYHDの社長になったのですが、引き続きネットワークの構築やコスト構造の改革等の推進役をやりました。

坂上:ネットワークについてお聞きします。拠点、トラック、人、という話はありましたが、「ネットワーク」というのは、具体的にどういったものを指すのでしょうか?

木川:「ネットワーク」は、役務としてのサービスを遂行するための「インフラ」です。そこにはネットワークが、物理的に存在することと同時に、そのネットワークを活用した色々なサービスがあります。さらに、建物や車両という固定費になる経営資源を大量に投入していますし、何よりも人が必要になります。

坂上:拠点はどのくらいあるのでしょうか?

木川:日本全国で、「ハブ・アンド・スポーク」の「ハブ」にあたる「ベース(宅急便の仕分けターミナル)」が70カ所で、「スポーク」にあたる集配拠点が4000カ所です。

坂上:70カ所ですね。地方にいくと県毎に1カ所くらいでしょうか。トラックや人はいかがですか?

木川:トラックは5万台くらい、社員数はパート社員も含めてグループ全体では19万人、ヤマト運輸だけでも16万人を超えています。「ハブ・アンド・スポーク」の拠点数を見ても、ヤマト運輸と競合できるのは日本郵便さんだけですが、いわゆる特定郵便局と呼ばれる、集荷配達機能を持たない郵便局を除いた、集配局の数は約2800ヵ所しかなく、かなり前に追い越してします。特定郵便局は20万局くらいあると思いますが、ヤマト運輸もコンビニ等の提携している取扱店を含めれば、約25万ヵ所あります。
我々のネットワークは、日本の小口荷物を担う社会インフラになりました。提供するサービスは、もはや電気や水道と同じで、世の中になくてはならないものになっています。

坂上:私の家には、郵便局さんよりよく来ます。

木川:東日本大震災の時には、緊急輸送物資や救命物資を個人に届けるという点で当社が積極的に支援することが出来ました。荷物を送る荷主だけではなく、お届け先である消費者の目線でサービスを磨き、玄関先へお届けする「ラストワンマイル」を担ってきた経験が活かされたのです。オンリーワンを作り、それをナンバーワンにするために、エンドユーザー目線で徹底的に役に立つものを開発して隙間なくやる。それから、常に止まらずに新しいものに常にチャレンジしていく。この風土は元々ありました。

坂上:会社として、既にあったわけですね。

木川:但し、市場全体が飽和状態になるので、このままの状態で改革しなければ、ナンバーワンの会社であったとしても、成長力は落ちるだろうと、みんながこの危機感を共有している時に、私が入ってきたのです。

木川:だから私は非常に改革がしやすかったのです。経営陣が問題意識を持っていたことも大きいですね。

坂上:このままでは危ないぞと。

木川:そうです。このままだと危ないから、変えないといけないとは思っていました。でも変えるのは難しい。自分達がこれで最適だと思ってきたやり方を、大きく舵を切って変えるのは、ある意味で大変な行為ですから。

坂上:難しいですよね。

木川:だから、外から来た人間の方が結果的にやりやすかったのかも知れません。

坂上:そんな中で一番最初に打った手が、ネットワークのコストダウンということでしょうか?

木川:いえ、最初は持ち株会社を作ったことです。

坂上:なるほど。

木川:ガバナンス体制を変えた上で、ネットワーク構造の改革を始めました。去年、6〜7年掛けて、その全体像が出来ました。

坂上:ガバナンス体制を変えたというのはつまり、個々の会社が好き勝手に自分達の目線でやっていたことを、もう一段高い視点から、全体を見てやるということですね。

木川:事業ポートフォリオを変える、というのが一つです。一方を伸ばして他方を減らすのではなく、一方を伸ばしながら他方も伸ばすという方針で事業構造を変えてきました。それと同時に、グループ各社がバラバラにそれぞれの単機能を売っていた体制も変えました。今までのようにITのシステム開発だけを販売する、あるいは金融機能だけを販売する、これだけではあまり意味がありません。そこで、まず我々が持っている全体の機能を、ヤマトグループではIT、LT、FTと整理しました。

坂上:FTは代引を含めた決済ですね。

木川:そうです。代引をはじめとする決済機能、さらには信用補完です。売り手が「信用力の分からない買い手には商品を売りたくない。」という時に利用していただくのが「クロネコあんしん決済サービス」です。

坂上:私の商品をあの会社に売ろうと思ったけど、お金を回収出来るかなという不安があると。

木川:そういう不安があるから、少なくとも現金でないと売りたくない。しかし買う人の立場から言ったら、品物はたくさん揃えたいけれども、キャッシュフロー上、掛け取引で買いたいということになります。

坂上:現金で払えないので、月末締め翌月末支払いや手形にはなりませんか、ということですね。

木川:そこで我々が間に入って決済を行います。当社は、買い手と日々接点を持っており、その荷動きによって経営状況を把握出来ます。ヤマトグループは日々の荷動きを見ているわけですから、それを与信の材料にすれば良い。あるいは極端にいうと、配送している商品自体を担保として見なすことも出来る。

坂上:運んでいますからね。

木川:従って、この取引の売上は、ヤマトグループが売り手に対して一時的に立替払いをすることで、安心して販売先を増やせます。買い手側も、キャッシュフローを使わずに安心して仕入れることが出来る。ここで面白いのは、信用補完をする場合、通常保証料は信用を補完してもらう側、つまり買い手側が払います。しかしヤマトグループがユニークなのは、売る人から回収するのです。つまり、販路を広げて、しかも未回収リスクを軽減出来る、というところから料金を頂くのです。買い手側には一切費用は発生しません。

坂上:例えば、果物屋さんがリンゴやみかんを仕入れたいと思った時に、愛媛のみかん農家の方も売りたいけれども、果物屋さんが現金で払えないというような状況ということですね。

木川:そうです。だからその時は、ヤマトグループが保証します。保証料は売主が払ってくれるから、負担もなく、安心して売り買い出来ます。

坂上:通常であれば、現金で払えなければ、リンゴやみかんが果物屋さんに並んでいないという状況になってしまいますが、ヤマトグループが信用補完することで、回避出来るということですね。

木川:それを実現するためには、決済の単機能だけではなく、物を運んでいて、物やその管理を行うロジスティクスの機能を当社が担っていることが重要です。一気通貫で物の流れを見える化し、それをハンドリングしているという状況が生まれて初めて、信用補完が可能になります。

坂上:単品の機能ではなく、ということですね。

木川:それがビジネスモデルになります。さらに、作り出したビジネスモデルをプラットフォーム化して、行政や地域住民、あるいは同業者を含めた民間企業にも相乗りしてもらう。そうすると、我々が「デファクト・スタンダード(事実上の業界標準)」になります。プラットフォーム化することによって、日本の物流が効率化することにもなるのです。

坂上:例えば、北海道の人がアスパラガスを香港の富裕層に売りたいとした場合、通関のなどの様々な問題があって今まで出来なかったけれど、ヤマトグループに預ければ、国内の拠点から通関、つまり海外に輸出する手続きまで代行してもらって海外に送れる、ということですね。

木川:従来は、それぞれの担い手毎に契約する必要がありました。それをヤマトグループでは、特に海外に輸出する、あるいは輸入するという通関の負担を全く意識することなく、国内の荷物と同じように簡単に送れるようにしています。

坂上:それはすごいですね。

木川:その一方で、当社でも出来ないこともあります。保有していない機能もあるし、不足しているエリアもあります。その時は同業者他社と連携します。だから、全部を独り占めする思想ではありません。但し、「見える化」するためのITの仕組みは、当社の仕組みを使って頂きます。

坂上:パソコン上でやる、ITの部分ですね。

木川:大事なのは、ITの仕組みを利用することで、全て「見える化」することです。その荷物が今どこにあるのか、あるいはどの担い手が運んでいるのかということを、全て「見える化」します。今は、その物流の「見える化」が完璧ではありません。大企業の物流でさえ、契約が別々で情報が途切れています。だから荷物が着かない時に、一体どこにあるのか、トレースするのは大変です。

坂上:伝票めくって電話しているイメージが浮かびます。

木川:それが港の倉庫で止まっているのか、船積みしてないのか、これが分からない。そうすると荷物のリードタームも見えなくなりますし、手の打ちようもありません。その情報を一気通貫で見えるように、当社がサービスを提供し、さらに同業者の情報も載せていく。これがプラットフォームです。

坂上:例えば北海道の富良野からアスパラガスを香港のホテルまで配送する場合に、富良野から千歳までトラックで運んで、千歳から羽田には飛行機で、さらに羽田から香港に飛行機で飛んで、香港からホテルに行くことになる。そういう時に、荷物がどこにあるのか分からない、ということですね。

木川:例えば、富良野から千歳まで、運輸業のA社に運んでもらいます。その後、また別のB社に頼んで、千歳から羽田まで運びます。その後の輸出手続きはC社がやって、飛行機を飛ばす。そして香港での通関手続き後、香港の空港からホテルまで運ぶのはまた違う会社です。

坂上:荷主が全然知らない海外の会社ですね。

木川:全部が別々になってしまっています。ところが、ヤマトグループを使うと、例えば千歳のハブに荷物が持ち込こまれた瞬間からヤマトグループの荷物になり、トレースが出来るようになります。そこから飛行機で羽田経由で沖縄へ飛び、沖縄から香港に飛ぶのですが、荷物が移動している間に荷物情報が先送りされて通関業務を沖縄で行います。沖縄に深夜に着いて、別の飛行機に積み替える間に、通関手続きが終わります。食品の場合には検疫まで済ませます。そして香港に着いた後は、香港ヤマト運輸のネットワークで運ばれるので、翌日の夕食には出せるような状態になります。これが「国際クール宅急便」です。

坂上:だから富良野に今日あるものが、明日の夕方は香港で食べられるということになるのですね。

木川:現実にもうそうなっています。

坂上:今のお話だと、富良野から千歳に行くまで別の運送会社が運んだ場合、情報は見えないけれども、空港からの情報はつながるということですね。そうすると、いつどこにあるかも全て把握出来て、さらに香港に入った後も連携されて、それをインターネットで全部確認することが可能と。

木川:香港での配達は自社で行っています。自社が担当していないエリアであれば、委託になりますが、その場合でも情報はプラットフォームに載るので、途中で別の飛行機会社や船会社を使ったとしても、一気通貫で物の見える化が実現出来ます。

坂上:すごく大事ですね。大きな付加価値になります。

 
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木川:ネットワーク変革の4本柱として、「ゲートウェイ構想」、「羽田クロノゲート」、「沖縄国際物流ハブの活用」、そして「アジアにおける宅急便事業の展開」に取り組んできましたが、この「アジアにおける宅急便事業」は、今後も着実に広げていきます。それがあって初めて、日本と海外を一気通貫で責任を持って担えることになります。

坂上:裏を返すと、国内の需要がある程度行き止まるというか、日本から、海外への荷物が増えてくるということでしょうか?

木川:それもありますが、日本で成功したビジネスモデルを、アジアの主要エリアで展開することで、成長力を持とうとしています。さらに、日本とアジアのネットワークを繋ぐのが、次の段階です。羽田クロノゲートやゲートウェイを使って、スピードを上げつつ、コストを下げ、品質を向上し維持しながら、というコンセプトで物流の効率化を図ります。また、日本とアジアで展開している宅急便ネットワークをスピーディーに、品質高く、理想的なコストで行うために、ANAさんの沖縄国際物流ハブの活用を始めました。

坂上:関東のゲートウェイは、厚木ですか。

木川:はい。そのゲートウェイを関東〜中部〜関西の主要都市間の宅急便の当日配達にも使います。今までの「ハブ・アンド・スポーク」の宅急便の仕組みは、全国に70ある宅急便仕分けターミナルである「ベース」に日々集荷してきた宅急便が、夕方までプールされて行き先方面別に仕分けられた後、それぞれの70のベース間を長距離運行のトラックで運びます。

坂上:1番から70番とか、1番から36番とか、それぞれ動いているわけですね。

木川:夜中に一斉に各々のベース間にトラックが走っています。そして早朝に着いた荷物が、仕分けをされてそれぞれのスポーク、すなわち集配拠点に運ばれて、翌朝8時から配達が開始されることで、翌日配達というサービスが提供されています。但し、この構造のままでは、荷物が増えれば増える程、ベースや車両、あるいは人員を増やすことで対応せざるを得なくなるので、数年後に宅急便の年間取扱個数が20億個の大台に乗ってくると、今の手法では難しくなります。

坂上:現在で年間約16億個くらいですよね?

木川:そうです。これが年間20億個を超えるような時代になると、コスト面でヤマトグループの負担が大き過ぎるのです。最大のネックは人が雇えなくなることです。労働力人口はさらに減っていきますから。

坂上:やる人がいなくなってしまう。

木川:人を雇うということが出来なくなるため、省力化しないといけないし、何よりもコスト構造を変えるためには、仕事のやり方や仕組み自体を変える以外にありません。このために、コスト構造を改革するという視点から、関東、中部、関西の3か所に基幹となる「ゲートウェイ・ベース」という、今までと全く違うコンセプトの大型仕分けターミナルを造りました。これは従来型のように、宅急便が夕方までプールされるのではなく、ゲートウェイ間での幹線輸送は五月雨式に行います。関東圏から出てきた荷物がある程度のボリュームになると、夕方までプールされることなく、中部圏、あるいは関西圏にまとめて、多頻度の幹線輸送を行います。

坂上:イメージとしては、例えば今までは厚木から夜中に宅急便100個を一度に送っていたのが、20個ずつで昼間から5回に分けてキメ細かく送っていくような方法ですね?

木川:違います。厚木だけで多頻度幹線輸送を行うとコスト上がってしまいます。

坂上:上がるのですか?

木川:今までは全国70か所のベースで宅急便をプールして、送り先毎に仕分けしていました。その後に送り先の69か所のベースへ大型トラックで発送していました。しかしこれからは、例えば関東にある複数のベースから関西圏に送る宅急便は、日中帯から厚木ゲートウェイに随時送り込んで、物量がトレーラーの容量分まで溜まったら、随時走らせるのです。関西のゲートウェイに着いたら、そこから集配拠点別に仕分けしますが、人員は極力使わずに全部機械でやります。今までは人海戦術で、しかも深夜に行っていましたが、ゲートウェイでは日中から最新鋭の仕分け機械による自動仕分けを行います。従来の仕分けターミナルでの運用は、夕方から夜は発送する宅急便の仕分けだけ、早朝は到着した宅急便の仕分けだけと、発着仕分け作業が時間帯で分かれていました。このために日中はこの設備は…、

坂上:稼働していないに近い…。

木川:そうです。一部の作業を除き、ほとんど稼働していません。

坂上:プールしていくだけですね。

木川:そうです。現在の宅急便の年間取扱個数が約16億個ですから、仮に将来20億個や30億個といった規模になってくると、プールする場所が数倍必要になります。

坂上:荷物が増えれば増えるほど保管しておく容量が必要になる。

木川:また、人は発送と到着の荷物を同時に仕分けることが出来ません。これは着いた荷物なのか、これから送る荷物なのかというのが見るだけでは分かりづらいのです。このために、従来は発送作業と到着作業の時間帯を分けていました。それを最新鋭の仕分け機械は同時に仕分けることが可能だから、24時間の仕分けが可能になります。

坂上:仕分け作業の効率化につながったということですよね。

木川:どうしても個別に行う仕分け作業もありますから、仕分け作業に携わる人員はゼロにはなりませんが、でも圧倒的に効率化につながっています。だから、厚木ゲートウェイや羽田クロノゲートに行くと、仕分け作業フロアには人影がありません。そういう風にしてコスト構造を大幅に変えていくというやり方です。

坂上:やり方を変えたわけですよね。

木川:今までの「ハブ・アンド・スポーク」は、宅急便の年間取扱個数が大体約3〜4億個だった時代に出来上ったシステムです。それがもう約16億個になっていますから、今までの仕組みで続けていたら、コスト倒れになってしまいます。それを抜本的に変えるために、ネットワーク構造を変えました。これが最大のポイントです。

坂上:東名阪でそれを構築するのですね。

木川:ゲートウェイ構想を進めると、当日配達が出来ることに気が付きました。幹線輸送は五月雨式に荷物を送りますからね。

坂上:お客さんにとっても利便性が向上するのですね。

木川:サービスレベルも上げることが可能になりました。従って、今のeコマースの流れの中でも、通販事業者が大阪から東京行きの当日配達を、コストをそれ程掛けずに実現出来るのです。但し、これはあくまで付帯効果なのです。

坂上:本当は逆なのですね。

木川:同業者も含めて一部で誤解されていることがあります。ヤマトグループは当日配達という一部のニーズのために大々的に投資している、というような見方もあります。テレビのコメンテーターがこの前、「当日配達なんて過剰サービスだ。そんなに大きなニーズはありませんよ。」と言っていましたが、無理に当日配達をやろうしたのではなく、出来てしまうから、使いたいお客様はどうぞ、ということなのです。

坂上:おっしゃる通りです。

木川:例えば、サービスレベルを上げることとコストを下げることとはトレードオフだ、というのが常識と言われていますが、私はそうじゃないと思います。両立が可能です。

坂上:コストを下げたら、実はサービスが上がったということですよね?

木川:そういう事例はいくらでもあります。

坂上:これはすごいですね。

木川:羽田クロノゲートも基本的に同じような発想です。羽田クロノゲートはやはり物流がボーダーレスに動きます。グローバル化が進み、荷物は必然的に国境を越えてしまうという時代に入ってきた状況ですが、従来はバルク(大きなロット単位)で国境を越えていました。

坂上:大きなコンテナで、ですね?

木川:そうです。ところが今は小口貨物、あるいは個人発の荷物が国境を平気で超えないといけない時代です。そうなると、それに見合った物流の仕組みが必要になります。

坂上:なぜ羽田なのでしょうか?

木川:羽田はすべての交通の要所です。

坂上:陸海空ですね?

木川:そうです。鉄道も含めて。その立地であれだけの大規模な用地は、日本には羽田しかありませんでした。

坂上:何坪あるのでしょうか?

木川:敷地面積で約3万坪です。

坂上:3万坪のところに、新しく造られたのですか?

木川:全く新しく造りました。

坂上:公表されている数字ではいくらの投資になりますか?

木川:土地代だけで約850億円で、建物や機器等も含むと総額1400億円です。

坂上:全部で1400億円ですか?

木川:我々はネットワーク投資で一つのターミナルを造る時の、今までの過去最大の投資額は250億円ぐらいです。従って、それらと比較すると多大な投資額になりました。
あれだけの規模のターミナルを、一企業が自分のためにだけ建設するというケースは、恐らく国内では初めてだと思います。建物の大きさだけ見れば、もっと大きなものがあるかも知れませんが、それは複数の企業が使っています。共同出資、あるいはターミナル会社がフロアを貸し出すという前提で造っているターミナルとしては大きなものがありますが、それを全部ヤマトグループで使用しています。デリバリー事業はもちろん、様々なノンデリバリー事業も同居することで、自動的に付加価値の高い物流が生まれます。さらに立地が陸海空の最大の要所である羽田であることも、この施設の重要なポイントです。

坂上:つまり、海外からの船が東京港に来て、飛行機はもちろん羽田空港あるいは成田空港もある。そして厚木ゲートウェイも近い、そこからも荷物がつながると。

木川:海外に向けて、特にアジアと日本の陸海空の結節点であるのと同時に、国内でのスピード配送の基幹にもなります。

坂上:国内も完璧な場所ですよね。

木川:そこで面白いビジネスが出来上がります。例えば、外科手術で使う「インプラント」は非常に高価なので、それぞれの病院では在庫を持ちづらい。それ自体は売るものではなく、リースされるものなのです。リースの回転率を上げることで、貸し出す側は利益を出そうとしますが、なかなか物流面が難しいのです。手術を行なう病院に運び、手術後に使ったものを洗浄して、また滅菌保管をしないといけません。その担い手もバラバラだし、保管場所も色々な場所にありますから、日本全国の病院に向けて手術の日程に合わせて届けることになります。そうすると、かなりの在庫を、しかも分散して保有する必要があります。それを羽田クロノゲートに集約すると、ヤマトグループがスピード配送します。それこそ当日配達も可能になる。そして洗浄、滅菌保管をする。その機能を羽田クロノゲート内に保有するのです。

坂上:従来は、東名阪で100個ずつとか、日本中で1000個持つ必要があったものを、羽田クロノゲートで最低限の数量を持てば良いということになりますね。

木川:在庫の回転率が上がることによって、効率化が図れます。羽田クロノゲートに在庫を持つことで、さらに効率化がアジアのエリアにまで広がります。

坂上:沖縄国際物流ハブはどういう位置付けですか?

木川:ANAさんの沖縄国際物流ハブの活用は、宅急便の翌日配達を日本とアジア間で実現するために開始しました。羽田空港からアジアに向けて飛行機が飛んでいるから、それを利用すれば良いと思われるかも知れませんが、ほとんどが旅客用の飛行機です。旅客機の腹にあたる部分にも荷物を搭載出来ますが、ほとんどが日中の運航です。最近は少し深夜も増えてきましたが。

坂上:海外向けは深夜便も増えてきました。

木川:旅客用の飛行機は、積載スペースがそれ程ありません。従って、貨物専用ハブがどうしても必要となってきます。そのハブをANAさんは沖縄に持っているのです。沖縄は地政学的にも東アジアの中心ですから。

坂上:そうですよね。少し行けば台湾ですし、東京より北京や上海の方が近いくらいですよね。

木川:4時間圏内でバンコクまで行けます。そこへ我々は荷物を深夜に集めるのです。そして日本全国で集荷した宅急便を、バンコクやソウル、あるいは北京や台湾にも送ります。

坂上:例えば、北海道からの宅急便はどうなるのですか。

木川:ANAさんでは今、千歳空港からダイレクトに沖縄空港へ行く便は飛んでいません。
従って、一部の荷物は旅客機の千歳〜沖縄便に載せますが、大部分は一旦羽田に持って来て、貨物機に積み込みます。午前1〜2時くらいに沖縄国際物流ハブに集約して、数時間のうちに方面別に荷物を積み替えます。また、例えば沖縄で機械の緊急パーツを預かると、アジアのある国で緊急で必要になったら、すぐに沖縄から出荷出来ます。アジアだけではなくて全世界へパーツをスピード配送出来ます。アジアであれば翌日、欧米であっても翌々日ぐらいには届けることが可能です。東芝さんに、沖縄国際物流ハブの倉庫にパーツを置いて頂いて、世界中に発送するという仕組みは既に始まっています。そういう意味で沖縄は大変良い立地です。且つ、沖縄の強みは、全県特区のようなステータスがある点です。いわゆる保管コストや、通関コストといったものを含めて、「フリー・トレード・ゾーン」の中で一連の業務を行えば、輸入に関わる関税が掛かりません。アジアから沖縄を経由してアメリカに送る場合には、一旦輸入手続きをせずに保税エリア内で数日間保管することも出来ます。このように、沖縄をハブ機能として使うには、極めてメリットが大きいのです。沖縄が日本全体のための重要な役割を担う状況になったので、沖縄を積極的に活用しようとしています。

坂上:立地は良いですし、色々な好条件も揃っていますからね。

木川:沖縄をハブ機能として注目し、ANAさんとタッグを組んで始めています。だから、物理的にも戦略的にも、ハブ機能を置くことによって沖縄はものすごく活きてきます。だから非常に面白いです。

坂上:今までメーカーはコスト削減に取り組み、1円のコストを50銭にならないかとか、そういう点を一生懸命に取り組んできましたが、物流は少し置き去りにして見ていませんでしたね。

木川:原材料在庫から製品の流通までトータルの在庫は、誰もコントロールしていませんでした。それを「見える化」すると、コストに反映されてきます。しかも、そこにスピード配送という機能を入ると、ムダな在庫が極端に減ってきます。

坂上:イメージとして100万個売れる商品が、実質は在庫を含めると150万個ある。この50万個余計なものを、1万個とか10万個になってくればコストが減るということですね。

木川:在庫量を減らす、イコール、それのために用意していた倉庫が要らなくなるということですし、それをハンドリングしていた人員が要らなくなります。

坂上:金利も要らなくなりますね。

木川:そうです。それがやはり日本の国際コスト競争力を生み出す原資になります、というのが、「バリュー・ネットワーキング」構想です。

坂上:すばらしいですね。

木川:だから、そのためにネットワーク構造を変えて、我々のコスト構造自体も変えます。それによって品質が向上する。これが出来て初めてこの構想が立ち上げられました。それぞれの企業は、自社の物流の仕組みは持っていて、それを改善したいと思っている。物流改革に取り組みたい時に、従来は大手メーカーであれば、3PL(サード・パーティー・ロジスティクス)に、全部アウトソースしていました。しかし中堅中小の事業者は、3PLを委託したくても受け手がいません。

坂上:そこまで物量がありませんよね。

木川:あるいは、時期によって物量や物流業務に大きな幅が生じるケースでは、自社で行うと容量が超過した場合に対応しきれません。それをヤマトグループでは、時間やボリューム、事業規模の大小、品物の違いとか、時期やエリアによる変動要因がある中で、必要な部分をヤマトグループにご依頼頂ければ、それを代行するのです。これが「3PLを超える」ということなのです。我々の志は、そういったインフラを作って、日本の物流を抜本的に改革しますということです。

坂上:実は世界でも通用するようなものではないかということですよね。

木川:そう思っています。壮大な実験が始まるということです。

坂上:どうもありがとうございました。


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