「公明正大に利益を追求する」稲盛和夫
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経営者は、自分の企業、集団のために、利益を追求しなければなりません。
これは決して恥ずべきことではありません。
自由競争の原理が働いている市場において、堂々と商いをし、得た利益は相当なものです。
厳しい価格競争の中で、合理化をし、付加価値を高める努力を払い、
経営者とその集団が額に汗して勝ち取った利益ですから、堂々と得られてしかるべきです。
しかし、利益を追求するあまり、人の道として恥ずべき手段をもって経営を行ってはなりません。
公明正大に、仕事を通じて、製品を通じて、
自分たちの努力の成果として、高い利益を得るという、正道を歩むべきです。
人々の利益に反するような、卑怯な手段をもって、
一攫千金を夢見るようなことがあってはなりません。
石油ショックのころ、千載一隅とばかり、
ものを売り惜しみ、値をつり上げた企業がありました。
しかし、今も成長発展を続ける企業の経営者に、
あのとき我を忘れて、暴利をむさぼった者はいないはずです。
もし、あったとすれば、その企業の余命はいくばくもないと私は思います。
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利益を追求することを悪いことのように思う人がいます
企業が利益を追求することは悪いことではありません
企業が継続するためには利益がなければなりません
誰でも食べてゆくために利益が必要です
しかし、そのためには企業で働く人たちが付加価値を生まなければならないのです
顧客が喜んで支払う付加価値を創造することが大切です
なので、努力が必要なのです
卑怯な手段を使って利益を得ることは間違いなのです
金儲け主義というものはこの卑怯な手段をさし
利益を追求するとは、努力をして付加価値を創造することをさす
そう考えれば、利益を追求することは正しいことであり
人からほめられるものであるといえます
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「事業体とは何か」を問われると、
たいていの企業人は「利益を得るための組織」と答える。
たいていの経済学者も同じように答える。
しかし、この答えは、間違いであるだけではない。
的外れである。
P・F・ドラッカー
ドラッカー氏は顧客に貢献するのが企業の存在意義であり、
その顧客を創造するのがビジネスの目的である、と言います。
利益は備えであり、投資費用であり、事業の有効性を測る物差しである、と言います。
会社の目的は利益を上げること、と考えることは間違っているといっているのです。
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