経営理念の浸透のさせ方 第4回 現場では理念浸透の何が問題になっているのか? 質疑応答編
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第4回 現場では理念浸透の何が問題になっているのか?――読者の課題や疑問に答える質疑応答編
■質問① 契約社員やパート社員にも経営理念を理解してもらいたいが…
経営者の強い意向もあって、職場で一緒に働く契約社員やパート社員にも経営理念を理解してもらいたいと思い、浸透に向けた取り組みにも参加してもらっています。
しかし、「そうは言っても自分の業務の範囲は限られたものであるし、長期的に会社を変えていく、という考えには共感を持ちにくい」と、あまり積極的ではありません。一方、あまりこうしたテーマで契約社員等に負担をかけるのもためらってしまいます。
そもそも、正社員のみで浸透活動を行っていったほうが効果があるのではないかと考えているのですが、いかがでしょうか。
非製造業 300人未満 一般社員(経営理念の策定プロジェクトに参加)
■回答① 会社の経営により責任感を持つべき立場の人が、まず考え方をしっかりと持つべき
その通りである。まずは正社員のみで浸透活動を行っていったほうが効果だ。
経営理念を浸透させる場合には段階的に行ったほうがいい。
具体的には、正社員のコアとなるメンバー、幹部、中間管理職、そして一般社員というふうに進めることをお勧めする。
つまり、正社員への浸透が終わってから契約社員、パート社員というふうに行っていったほうが良い。
理由は、会社の経営により責任感を持つべき立場の人が、先に考え方をしっかりと持つべきであり、契約社員やパート社員はその後であるべきだからだ。
その根本の理由は、第1回でも述べたように、社長の率先垂範または部門の長である人間が率先垂範をして、初めてそのメンバーがその行動と考えを信頼できるからである。
そもそも、中心となる人間がいない組織は機能しない。
その組織の中心となるリーダーが強い意志を持って考え方を自ら実行し、メンバーに見せていくことが大事なのである。
これは大きな会社の本社と関連会社についても同じことが言える。
まずは本体である本社が経営理念を全社に浸透させた後に、段階的に子会社、関連会社と経営理念の浸透を図っていくことが大切である。
たとえ今、関連会社へ経営理念が浸透していなくても、焦らずに、本社にしっかりと浸透させた後で段階的に浸透させていけば問題はない。
*子会社とは親会社が株の50%超を保有する会社、関連会社とは親会社が株の20〜50%を保有する会社。従って、より本社の影響力の強い子会社から経営理念を浸透させてゆくのが順当な手順となる。
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■質問② 浸透のための取り組みを行っても、真剣味が見られない
当社の経営理念は創業者の思いを明文化したもので、制定から数十年が経過しています。
社員が目先の業務だけに精いっぱいになっているため、唱和や研修、経営理念のことを考えるワークショップなど、浸透のための取り組みを行っても、真剣味が見られない点が課題です。
経営理念の表現がやや古めかしいため、とっつきにくく、若い社員ほど身近に感じていないように思われます。
製造業 300人未満 人事部門の管理職(課長クラス)
■回答② 真剣味が見られない本当の理由は、経営理念自体にあるかもしれない
経営理念浸透のための取り組みを行っても、真剣味が見られないという本当の理由は、経営理念自体にあるのかもしれない。
例えば、経営理念の内容が自分のこととして感じられない、または“今の仕事に全く関係のないきれいごとだ”というふうに受け止められてしまうのであれば、経営理念を浸透させていくのは難しくなる。
忙しい毎日の仕事のほうが優先となるのも仕方がない。
従って、こうした課題への対処として有効なのは、毎日の仕事に必要な経営理念をつくることだ。
それが、経営理念の本来の姿であり、毎日困っていることの答えを経営理念としていくという考え方をしてほしい。
より具体的な例は次のQ&Aを参照いただきたい。
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■質問③ 経営者自ら「会社の将来を真剣に考えよう」と呼びかけても、あまりピンときていない
会社内でのコミュニケーションが活発ではありません。
朝礼や会議での唱和、すぐれた行動をした社員やグループへの表彰など、経営理念の浸
透活動も長年行っているのですが、社員にあまり熱を感じません。
私(経営者)が自ら、「経営理念を元に、会社の将来を真剣に考えよう」と呼びかけて
も、あまりピンときていない様子です。
仕事自体はきっちりこなしているのですが、仕事とプライベートは分けたい、という考えが社員に根強くあるようです。
経営理念を浸透させるために、コミュニケーションを深めようと思って飲み会や社内イ
ベントを人事総務部門を通して企画しても、積極的に出てくれるのはいつも決まったメ
ンバーになってしまいます。
製造業 300人以上 経営者
■課題④ 「経営理念で言っていることと、実際とがあまりにも乖離している」社員の声より
「経営理念ですか? あるにはあるのですが、意味がないですね。
え? 理由ですか? 経営理念で言っていることと、実際とがあまりにも乖離しているからです。
うちの会社の場合、あれははっきり言って宣伝にしかなっていないと思います」
「こんな安月給で長く働かされて、経営理念で『従業員の幸せ』などと言われてもねぇ。それに……、小難しいことを何度も言われても……私のような一般庶民には、高尚すぎて理解できないんです……」
■回答③と④ 経営理念の中身について再度検討してみよう
経営者の側から見ると質問の③のような状況のように見えるが、社員の側からすると④のような思いを持っていることがある。
つまり同じ状況であっても、立場の違いによって全く違ったように見えてしまっている可能性がある。
この場合には、経営理念の中身について再度検討してみることも必要なのかもしれない。
では、どういった経営理念ならば社内に浸透するのだろうか?
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■「JALフィロソフィ」における二つの重要な点
日本航空(JAL)の例を見てみよう。
JALが事実上倒産した2010年、京セラ創業者の稲盛和夫氏が会長となり、わずか1年で会社を再生させ、1800億円を超える利益を出した。
その根本の推進力となったのが「JALフィロソフィ」である。
このJALフィロソフィには重要な点が二つある。
一つ目は、前半部分を「第1部 すばらしい人生を送るために」とまとめていることだ。
つまりフィロソフィ、考え方というのは、会社のためではなく、一人ひとりの社員がす
ばらしい人生を送るためにあるのだ、ということを一番初めに述べていることが最も重要な点なのである。
そして、二つ目は後半部分を「第2部 素晴らしいJALとなるために」とまとめていることだ。
要約すれば、まず第1部で述べていることは、あなた自身が良い人生を送るためにどうするのか、である。
そして第2部は、会社が良くなるためにはどうしたら良いのか、という考え方を述べている。
「個人の人生の考え方が先にあり、その上で会社を良くする考え方がある」という順番が重要なのである。
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■JALフィロソフィ
第1部 すばらしい人生を送るために
第1章 成功方程式(人生・仕事の方程式)
第2章 正しい考え方をもつ
第3章 熱意をもって地味な努力を続ける
第4章 能力は必ず進歩する
第2部 すばらしいJALとなるために
第1章 一人ひとりがJAL
第2章 採算意識を高める
第3章 心をひとつにする
第4章 燃える集団になる
第5章 常に創造する
※出所:日本航空「JALフィロソフィ」
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そして、「第1部 すばらしい人生を送るために」の四つの章それぞれを見ていただきたい。
「第1章 成功方程式(人生・仕事の方程式) 人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」では、人生、仕事での結果は、考え方×熱意×能力という方程式で表される。
「第2章 正しい考え方をもつ」では、人間として何が正しいかで判断する重要性を述べ、常に謙虚に素直な心で生きることが大切だと言っている。
「第3章 熱意をもって地味な努力を続ける」では、真面目に一生懸命に仕事に打ち込み、地味な努力を積み重ねることが大切だと述べている。
「第4章 能力は必ず進歩する」では、そういった努力を続ければ力は必ず進歩するのだ、ということを述べる。こうしたことを、フィロソフィ、経営理念の根本として、第1部ではじめに挙げているのだ。
そして、「第2部 すばらしいJALとなるために」では、会社が良くなるためにどうしたらよいのか、という考え方を述べている。
経営者が自分の欲でこうしたい、こんな会社にしたいと言っている「利己」の考えではなく、「利他」であることが重要だ。
つまり、社員が幸せになるためにどうしたらいいのかを真剣に考え、そしてそのためには良い会社である必要がある――と続いている。
そのためにこういう考え方が必要なのだと述べている。ここが大切なのである。
「第1章 一人ひとりがJAL」では、すばらしいJALとなるためには一人ひとりがJAL、つまり社員全員が責任者意識を持つことが大切であり、率先垂範して仕事をすることを述べる。
「第2章 採算意識を高める」では、一人ひとりが売り上げを最大にし、経費を最小にする努力をし、採算意識を高め、利益を出すことが大切だと述べる。
「第3章 心をひとつにする」では、ベクトルを合わせ、現場主義に徹して仕事をやっていこうとすることを述べる。
「第4章 燃える集団になる」では、強い持続した願望を持ち、成功するまであきらめずに仕事をすることを述べる。
そして「第5章 常に創造する」では、昨日よりは今日、今日よりは明日と常に創造的な仕事をすることの重要性を述べている。
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■経営理念が浸透しないのは、経営理念の根本に問題があるのかもしれない
これらの項目をもう一度、よく読んでいただきたい。
倒産したJALを実際に立て直す原動力となった、「JALフィロソフィ」である。経営理念のない理念屋が作り上げた空理空論ではない、ということを再度、認識していただきたい。
1800億円を超える利益を作り出す経営理念と自社の経営理念を比べてみてほしい。
もし、改めて経営理念を見直そうとするならば、そのままマネればいい。
本物の経営理念をマネることを躊躇(ちゅうちょ)する必要はない。
そして、このような自分の人生を良くし、会社を良くするための原理原則と言える考え方に、もし賛同できないという人がいるのであれば、会社を辞めればいいだけの話である。
世の中にはたくさんの会社があり、それぞれの考え方で経営は行われている。
どうしても、自社の考え方・経営理念に、自分は納得がいかないというのであれば、我慢をする必要はない。
自分の考え方に会う他の会社に行けばいいだけの話である。
別に冷たいことを言っているのではない。
個人の考え方と会社の考え方に大きなズレがあるのなら、そのまま仕事を続ければお互いに不幸になることが予想される。
それならば、一つの会社に縛られずに他の会社に行ったほうが、お互いに幸せになる可能性は高くなる。
JALフィロソフィの内容は、上記の④社員の声にあるような、現実とあまりにもかけ離れている高尚な理想論ではなく、ただの宣伝文句でもない。
社員の幸せについて正面から考えたもので、小難しいことは一つも言っていない。
この、“小難しく高尚すぎることは一つも言っていない”というところが大事なのである。
また、経営理念が、社長のやりたいことのオンパレードで、社員のことをまるで考えていない、というのでは社員はしらけてしまうのだ。
経営理念の本質には、「社員を幸せにすること」というブレない考え方を持つ必要がある。
経営理念とは、その会社で働く人のためのものなのである。
従って、もし経営理念が浸透しないとすれば、その経営理念の根本に問題があるのかもしれないと、一度、疑ってみることも必要なのかもしれない。
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経営理念の浸透のさせ方 第1回 経営理念を浸透させる大前提を再確認する
経営理念の浸透のさせ方 第2回 経営理念を浸透するための五つの重要なポイント
経営理念の浸透のさせ方 第3回 さらに深く経営理念を浸透させる、とっておきの五つの方法
経営理念の浸透のさせ方 第4回 現場では理念浸透の何が問題になっているのか? 質疑応答編
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■経営理念の本、参考書籍